
外科医の定年は何歳ですか?

外科医に定年はありません。自分で決めるからこそ、向き合う必要があります。へルニア外科医が外科医の引退について考えます。
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外科医の「引退」を考える
外科医には「定年」がない。
弁護士や会計士と同じように、体と頭が動き続ける限り、手術台に立ち続けることができる職業だ。
それは一見、恵まれた自由のように見える。
しかし裏を返せば、「いつやめるべきか」という問いに、誰も答えを教えてくれないということでもある。
終わりばかり考える必要はない。
しかし、自分で決めなければならないからこそ、終わりについて考えることには深い意味がある。
今をよく生きるために、終わりを見据える。
私がこのテーマに向き合う理由は、そこにある。
私は鼠径ヘルニアの腹腔鏡手術を専門とするクリニックを運営している。
日帰り手術という性質上、一日に複数の手術をこなしている。
数千件の手術経験を積んできた今でも、執刀前の緊張が完全に消えたことはない。
そしてふと思うことがある。
この仕事を、あと何年続けられるだろうか、と。
世界で始まった「高齢外科医問題」の議論
近年、欧米の外科学会では「The Aging Surgeon(高齢外科医)問題」が真剣に議論されるようになっている。
背景にあるのは、医師人口の高齢化だ。
米国では今後10年以内に、医師の40%以上が65歳以上になると予測されている。
外科医も例外ではない。
米国外科学会(ACS)は2024年、「外科医の生涯にわたるコンピテンシーの維持」に関する新しいガイドラインを発表した。
そこでの基本的なスタンスは明快だ。
「特定の年齢を引退の基準にすることは支持しない」
なぜなら、加齢による能力低下の速度と程度は、個人によって大きく異なるからである。
同時にガイドラインが指摘するのは、もう一つの厳しい事実だ。
「外科医は加齢とともに生じる自身の身体的・認知的機能の低下を、自分では気づけない可能性がある」
これは非常に示唆に富む指摘だと思う。
外科医は長年、自分の技術に高い自己評価を持って生きてきた。
その自信と誇りこそが、難しい手術に立ち向かう原動力でもある。
しかしその同じ自信が、衰えへの気づきを鈍らせるリスクになりうる。
自己評価のバイアスという、構造的な問題
外科医が自分の衰えに気づきにくい理由は、単なる慢心ではない。
そこには職業としての構造的な問題がある。
外科医はキャリアを通じて、自分の判断で手術を完遂してきた。
合併症を乗り越え、修羅場をくぐり、それでも患者を救ってきた経験の積み重ねが、強固な自己信頼を育てる。
これは必要なことだ。
しかし同時に、「自分はまだ大丈夫だ」という思い込みに転化しやすい構造でもある。
比較として興味深いのが、航空パイロットの制度だ。
パイロットには定期的な技能審査と、多くの国で65歳という強制引退年齢が設けられている。
また航空管制官、消防士、裁判官など、公共の安全に関わる職種でも同様の評価制度が存在する。
外科医の技量が人命に直結することは明らかなのに、なぜ外科医だけに客観的な評価の仕組みがないのか。
もちろん外科医の能力は一律に測れるものではなく、専門性や術式によって評価基準も変わる。
パイロットとの単純な比較には無理がある。
しかしそれを差し引いても、「評価の文化」そのものが外科医の世界に育っていないことは、直視すべき事実ではないだろうか。
特にクリニック院長という立場は、この問題が最も先鋭化しやすい。
病院勤務医であれば、同僚や上司、あるいは病院の評価体制が一定の外圧として機能することがある。
しかし自分が院長であれば、誰かに指摘されることは構造的に起きにくい。
だからこそ、自律的に問い続ける意志が必要になる。
「強制」vs「自律」、倫理的な対立の本質
では、外科医に強制的な引退年齢や評価制度を設けるべきなのか。
ここに、深い倫理的対立がある。
一方には患者の安全がある。
能力が低下した外科医が手術を続けることは、患者にリスクをもたらしうる。
それを防ぐために客観的な基準と強制力が必要だ、という論理は一定の説得力を持つ。
他方には、医師の職業的尊厳と自律がある。
外科医のキャリアは数十年にわたる研鑽の上に成り立っている。
それを年齢という一律の基準で区切ることは、個人の能力差を無視した差別にあたる可能性がある。
ACSが強制引退年齢を支持しないのも、この観点からだ。
私自身は、この対立に単純な答えはないと思っている。
重要なのは制度の有無よりも、「評価を受け入れる文化」が外科医の世界に根づくことではないか。
自分の能力を定期的に確認し、必要であれば手術件数を絞り、後進に技術を引き継いでいく。
それを恥や敗北ではなく、プロフェッショナルとしての成熟と捉えられるかどうか。
文化の問題は、制度よりも変えるのが難しいが、本質的でもある。
日本固有の「真空地帯」
この議論において、日本は欧米よりはるかに遅れている。
強制的な評価制度はなく、学会や病院ごとの対応に委ねられているのが現状だ。
さらに日本固有の事情として、慢性的な医師不足の問題がある。
「引退してほしくても、できない」という構造が、地方や特定の診療科では現実として存在する。
医療体制の維持と個々の医師の能力評価の間で、簡単に答えの出ない矛盾がある。
そして開業医・クリニック院長については、評価の仕組みがほぼ存在しない「真空地帯」と言っていい。
病院勤務医とは異なり、外部からの評価機会が極めて限られている。
この状況に自覚的であるかどうかが、クリニックの質を長期的に左右すると私は考えている。
経験は、加齢の影響を補えるか
外科医のキャリアには、興味深い逆説がある。
経験を積めば積むほど技術は洗練されるが、その一方で加齢による身体的な変化も進んでいく。
研究では、数十年の臨床経験が中程度の認知機能の低下を補う可能性があることが示されている。
つまり「ベテランの直感と判断力」は、純粋な反応速度の低下をある程度カバーできるというわけだ。
これは感覚的にも納得できる。
手術中に起きる予期せぬ出血や解剖学的な異常に対応するとき、若手外科医と熟練外科医では明らかに反応の質が異なる。
それは速さではなく、「見ている深さ」の違いだ。
ただし、「経験があるから大丈夫」という論理は危ない。
経験はある程度まで衰えを補うが、すべてを補うわけではない。
補える範囲が年々縮まっていく可能性を、常に念頭に置いておく必要がある。
「何をもって能力とするか」という問い
能力評価の議論でしばしば見落とされるのが、「何を能力とするか」の定義問題だ。
手の震えや反応速度、視力といった身体的指標は測定しやすい。
しかしそれだけが外科医の能力ではない。
術中の判断力、合併症への対処経験、患者への説明能力、若手への指導力。
こうした要素は数値化しにくいが、外科医としての価値の核心にある。
さらに言えば、腹腔鏡専門医と一般外科医では、求められる能力のプロフィールが異なる。
一律の評価基準を当てはめることには、本質的な無理がある。
専門性と術式に応じた評価の枠組みが必要だというのが、私の考えだ。
加えて、私が専門とする腹腔鏡下鼠径ヘルニア修復術は、開腹の大手術と比べて身体的負荷が小さく、術式も確立・標準化されている。
この点は長く現役を続けることに有利に働く。
しかし腹腔鏡手術特有の精密な手技は、加齢の影響を受けやすい領域でもある。
そのバランスを自分なりに評価し続けることが、私には求められている。
引退の「プロセス」をどう設計するか
この議論で見落とされがちなのが、「引退の瞬間」よりも「引退に向かうプロセス」の重要性だ。
多くの外科医は、ある日突然手術をやめるわけではない。
手術件数を少しずつ絞り、複雑なケースを断り始め、後進に技術を移していく。
問題は、このプロセスが計画的に行われることは少なく、なし崩し的に進むことが多いという点だ。
理想は「執刀医→指導医」という段階的な移行モデルを、自分の意志で設計することだと思う。
手術件数を意図的に減らすフェーズをいつ始めるか。
後継者への技術継承をどのタイミングで本格化するか。
それは外部に決めてもらうものではなく、自分で考え抜くべき問いだ。
そして技術の継承は、単に手術の手順を教えることではない。
判断の根拠、術中のリスク感覚、患者との向き合い方。
言語化しにくい知恵をいかに次の世代に渡すか。
これ自体が、外科医の晩年における重要な使命だと感じている。
「引退」とは、外科の場を離れることではない
外科医のキャリアを考えるとき、「手術をやめる=引退」と捉えるのは少し狭い見方ではないかと感じている。
私がこれまで積み重ねてきた経験は、執刀する手を通してしか伝えられないものではない。
若い外科医への指導、地域の患者さんへの啓発活動、医療情報の発信。
執刀の場を離れてからも、外科医として果たせる役割は数多くある。
それを次のステージと捉えることができれば、「引退」という言葉の意味は大きく変わってくる。
外科医としての使命は、メスを握ることだけではない。
患者さんを守るために知識と経験を役立て続けること。
それ自体が、外科医というキャリアの本質だと思っている。
まとめ
自分の終わりについて考えることができる外科医は、今の仕事に対しても誠実であると私は信じている。
「まだ大丈夫」という根拠のない自信ではなく、「今の自分にできることの限界はどこか」を常に問い続ける姿勢。
それが、患者さんへの最大の敬意だと思っている。
「いつやめるべきか」という問いへの正解は、どこにも書いていない。
しかし、その問いを持ち続けることそのものが、外科医としての誠実さの証だと思っている。
終わりを考えることは、今を全力で生きることと矛盾しない。
むしろそれは、同じことの表と裏だ。
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