鼠径ヘルニア(脱腸)の手術とは、どんな手術でしょうか?
手術方法は様々ありますので、そのメリット・デメリットについてお話しします。
ヘルニア外科医の松下が、鼠径ヘルニアの手術についてわかりやすく解説します。
鼠径ヘルニア(脱腸)の手術とは?
鼠径ヘルニアの手術は、脱出した腸管をお腹の中に戻し、ヘルニアの穴を塞ぐ手術を行います。
鼠径ヘルニアは、お腹の壁が裂けて穴が開いて、タイヤがパンクしているのと同じような状態です。
以前は穴を糸で縫い合わせて塞いでいました。
しかし、痛みが強く、回復に時間がかかり、再発が多いことから、現在では穴にメッシュを敷いて塞ぐのが一般的な手術方法です。

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鼠径ヘルニアの手術を大きく分けると、腹腔鏡手術と鼠径部切開法の2種類に分けられます。
各々にメリット・デメリットがあるので、一人ひとりにあった手術方法を選択する必要があります。
- 腹腔鏡手術:お腹に穴を開けて手術する方法。
- 鼠径部切開法:お腹を切って手術する方法。
鼠径ヘルニア手術の入院期間
日本では、鼠径ヘルニア手術の入院期間は平均4.8日です。
当院の日帰り手術では、在院時間は平均4時間ぐらいです。
欧米では一般的に行われている日帰り手術ですが、日本では未だに6.5%程度しか日帰りで行われていないのが現状です。
日帰り腹腔鏡手術を受けた患者さんの声を聞くたびに、もっと多くの方に受けてもらえるように精進しなければならないと感じています。
鼠径ヘルニア(脱腸)を手術しないで治す方法・予防法
成人の鼠径ヘルニアを手術しないで治す方法はありません。
物理的に穴が開いていますので、穴を塞がないと治りません。
自然に塞がることはなく、徐々に悪化します。
筋トレをして治そうとする人がいますが、ヘルニアの穴は筋肉がないところにあくので、効果はありません。
むしろ、腹圧がかかるため、悪化することがありますのでご注意ください。
鼠径ヘルニアの予防法はありません。
筋トレで予防することはできません。
逆に、筋トレをすると腹圧がかかりますので、鼠径ヘルニアになってしまうことがあります。
鼠径ヘルニアを放置すると、症状が悪化することや、腸が嵌頓(かんとん)することがあるので注意が必要です。

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1. 鼠径ヘルニア(脱腸)の腹腔鏡手術とは?
鼠径ヘルニアの腹腔鏡手術とは、腹腔鏡を使って、ヘルニアの穴をメッシュで塞ぐ手術方法です。
少ない侵襲で手術ができるものの、専門的な技術が必要なので、経験豊富な外科医が行うことが望ましいです。
国際的なガイドライン・日本のガイドラインのいずれも、腹腔鏡手術を推奨しています。
TAPP法とTEP法があり、同等に推奨されています。
腹腔鏡手術の特徴は?
- メリット:傷が小さい、痛みが軽い、回復が早い、早期社会復帰できる、同じ傷で両側手術できる
- デメリット:高額な機器を揃える必要がある、外科医の手術習得に時間がかかる
腹腔鏡手術の種類は?
ヘルニア門(穴)への到達方法によって、2種類の手術方法があり、どちらも穴の裏面にメッシュを敷きます。
- TAPP法(タップ法): 腹腔内(お腹の中)から穴を直接観察して塞ぐ方法
- TEP法(テップ法): 腹膜を切らないため、縫合する必要がない方法
腹腔鏡手術(TAPP法)による手術の手順
当院では全身麻酔下に、TAPP法という腹腔鏡手術を行っています。
まずお腹に3カ所5mmの小さな穴を開けます。
そこから5mmのカメラをお腹の中に入れて、お腹の中の様子をモニターに映し出しながら手術します。
ヘルニアの穴を確認し、メッシュを入れるスペースを剥離し、メッシュを敷いて穴を塞ぎ、最後に腹膜を縫合します。
⇒ 実際の手術動画はこちら(YouTube)
2. 鼠径ヘルニア(脱腸)の鼠径部切開法とは?
鼠径ヘルニアの鼠径部切開法とは、お腹を約3-5cm切って、ヘルニアの穴をメッシュで塞ぐ手術方法です。
国際的なガイドラインでは、リヒテンシュタイン法を推奨し、他の鼠径部切開法は推奨していません。
日本のガイドラインでは手術方法で成績に大きな差はないとし、術者が習熟した手術方法を推奨しています。
鼠径部切開法の特徴は?
- メリット:手術時間が短い、外科医の手術習得が早い、様々な麻酔方法で手術ができる
- デメリット:傷が大きい、痛みがやや強い、回復に少し時間がかかる
鼠径部切開法の種類は?
ヘルニア門(穴)への到達方法やメッシュの敷き方によって、様々な手術方法があります。
- Lichtenstein法(リヒテンシュタイン法): 穴の表面にメッシュを敷きます
- Plug法(プラグ法): プラグメッシュで穴を塞ぎ、穴の表面にもメッシュを敷き、計2枚のメッシュを使います
- PHS法、UHS法: 穴の表面と裏面に二重にしてメッシュを敷きます
- Direct Kugel法(ダイレクトクーゲル法): 鼠径管を開いて、穴の裏面にメッシュを敷きます
- Kugel法(クーゲル法): 鼠径管を開かずに、穴の裏面にメッシュを敷きます
鼠径ヘルニア(脱腸)手術方法の比較
腹腔鏡手術と鼠径部切開法に分けて比較しました。
腹腔鏡手術 | 鼠径部切開法 | |
傷口 | 5mmの 穴が3ヶ所 | 約3-5cm |
痛み | 軽い | 痛い |
手術時間 | 約40〜60分 | 約30〜60分 |
入院期間 | 短い | やや長い |
退院後の復帰 | 早い | やや遅い |
日本の ガイドライン | 推奨 | 術者が習熟した 手術方法を推奨 |
国際的な ガイドライン | 推奨 | リヒテンシュタイン法 のみ推奨 |
※組織縫合法といって、お腹を約4-5cm切って、糸で縫い合わせてヘルニアの穴を閉じる手術方法があります。メッシュが無かった時代には標準手術でしたが、痛みが強く、回復に時間がかかり、再発が多いため、ほとんど行われていません。Marcy法(マーシー法)、Shouldice法(ショルダイス法)、Bassini法(バッシーニ法)、McVay法(マックベイ法)などがあります。
鼠径ヘルニア(脱腸)手術の合併症
鼠径ヘルニア手術の合併症(併存症)で頻度がやや高いのが、漿液腫(しょうえきしゅ)です。
術後に再発したかのように腫れるので、驚いてしまう患者さんがいます。
漿液腫であれば心配はなく、水(浸出液)がたまっている状態ですので、自然吸収されるのを待ちます。
- 出血・血腫:出血に対して、止血処置を行います。
- 創感染:傷が化膿し赤く腫れます。抗菌薬や傷口を洗浄します。
- 漿液腫:元々あった袋(ヘルニア嚢)に水(浸出液)がたまります。時間経過と共に自然に吸収されます。
- 再発:一般的には1-5%程度の再発が報告されています。体重を増やさないことが大切です。
- 疼痛・しびれ・感覚鈍麻:従来の手術よりも腹腔鏡手術では痛みや違和感が少ないものの、時には痛みが続き、内服などの治療が必要になります。
- メッシュ感染:メッシュが感染すると難治性ですので、メッシュを取り除かなければならないことがあります。
- 腸管・膀胱・精管・血管損傷:損傷して修復を要することがあります。
- 腸閉塞:腸管が癒着し、発症することがあります。
鼠径ヘルニア(脱腸)手術の麻酔法
当院の鼠径ヘルニアの日帰り腹腔鏡手術は、全身麻酔で行っています。
全身麻酔は、麻酔科専門医が行っています。
点滴から麻酔薬を投与すると10秒ほどで眠ってしまい、手術が終わったら目が覚めます。
手術中は完全に寝ていますので、意識は全くなく、痛みも全くありません。
麻酔で使用する薬は、作用時間が短いものを使っています。
そのため、通常の全身麻酔よりも目覚めるまでの時間が早く、日帰り手術には欠かせません。
麻酔中によく行われる処置として、尿道カテーテルの留置がありますが、当院では通常行っていません。
手術後の尿道の痛みを防ぎ、体の負担を少しでも減らすためです。
全身麻酔に関連した合併症
全身麻酔に関連した合併症(併存症)は、アレルギー、吐き気、のどの痛み、歯の損傷、せん妄、肺炎、喘息発作、心筋梗塞、脳梗塞、脳出血、肺塞栓症、悪性高熱症などがあります。
鼠径ヘルニア(脱腸)に日帰り腹腔鏡手術が勧められる理由とは?
鼠径ヘルニアの治療に腹腔鏡手術が勧められる理由は何でしょうか?
1つ目に、日本だけでなく、国際的なガイドラインにおいて推奨されている術式です。
ガイドラインで推奨されるためには、十分なデータが必要ですので、信頼できる術式であると言えます。
2つ目に、何より手術を受けた患者さんから感想を伺うと、満足度が高いことです。
腹腔鏡手術は傷が小さく、痛みが少なく、回復が早く、社会復帰が早いため、日帰り手術との組み合わせは理想的です。
少しでも快適に苦痛なく手術を受けたいという患者さんのニーズに合っていると感じています。
病気を治すことは大切ですが、同時に、体の負担を最小限にすることも大切だと思います。
様々な術式を実際に執刀してきた結果、私は日帰り腹腔鏡手術に辿り着きました。
自費診療で鼠径ヘルニアのロボット手術を受けることができますが、私はおすすめしていません。現時点で鼠径ヘルニアでは、メリットよりもデメリットの方が多いからです。外科医の教育には有用かもしれませんが、時間がかかり、コストは高く、傷は大きくなり、入院も必要になってしまいます。

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