医療を変えたい、という言葉は、
昔から何度も聞いてきた。
制度を変えるべきだ。
現場の意識を変えるべきだ。
医師の働き方を変えるべきだ。
どれも、間違っていない。
だが、現場で医療に向き合い続けていると、
次第に、この問いそのものに違和感を覚えるようになった。
本当に、「誰か」が変えるものなのだろうか。
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医療を変える主体として、よく挙げられるのは三つだ。
行政
医療者
患者さん
それぞれに役割があり、期待もある。
だが現実には、
どれか一つに変化を委ねようとした瞬間、
話は止まってしまう。
制度が変わらないから。
現場が忙しすぎるから。
患者さんが理解してくれないから。
そのどれもが理由になり、
同時に、変わらない理由にもなっている。
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開業して、医療を「つくる側」に立ってみて、
私が強く感じたのは、
医療は誰か一人の意思で変わるものではない、という事実だった。
だが同時に、
誰も変えられないわけでもない。
変化は、もっと小さく、
もっと曖昧な形で始まっている。
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医療が少しずつ変わるとき、
そこには決まった主人公はいない。
ある外科医の判断。
ある患者さんの選択。
ある現場の工夫。
それらが互いに影響し合いながら、
静かに形を変えていく。
後から振り返って初めて、
「あのとき、少し変わった」と分かる程度の変化だ。
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考えを、現場で試すこと。
生活を基点に設計すること。
チームの関係を整えること。
仕組みの前提を問い直すこと。
小さな成功と失敗を積み重ねること。
これらは、どれも「医療を変える革命」ではない。
だが、
変化が起きるときに必ず通る道だと、感じている。
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医療を変えるのは、声の大きな誰かではない。
正解を知っている誰かでもない。
判断を引き受け続ける人間なのだと思う。
判断を引き受ける、という言葉は、
聞こえはいい。
だが実際には、
それは何かを「得る」行為ではなく、
何かを「失う」行為であることが多い。
時間を失う。
楽を失う。
誰かに委ねることで得られる安心を失う。
時には、
評価や同調、「正しかった」と言ってもらえる機会を失うこともある。
判断を引き受けるとは、
制度のせいにしない、ということだ。
忙しさのせいにしない、ということだ。
患者さんに丸投げしない、ということだ。
その代わりに、
結果がどう転んでも、
自分の責任として引き受ける、ということだ。
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だからこそ、
判断を引き受け続けることは、英雄的な行為ではない。
むしろ、とても地味で、評価されにくく、
確実に消耗する。
判断を引き受けたからといって、
現場が楽になるわけでも、感謝されるわけでもない。
それでも引き受けるかどうか。
そこに、
医療が変わるかどうかの分かれ目がある。
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現場で無理が生じないこと。
判断が言語化されていること。
失敗が次に活かされること。
生活と医療が断絶しないこと。
これらは「正しい医療」ではなく、続けられる医療の条件だった。
それらが揃って初めて、医療は少しずつ前に進む。
理想だけでは、医療は続かない。
続かない医療は、どれほど正しくても、意味を持たない。
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では、医療を変えるのは誰なのか。
医療を変えるのは、「変えよう」としている誰かではない。
目の前の判断を、今日も引き受けている人間だ。
その人が医師であっても、
看護師であっても、
事務であっても、
患者さんであってもいい。
重要なのは、立場ではなく、
どの判断を、どこまで引き受けているかだ。
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判断は、一つではない。
そして時に、
相反する判断を、同時に引き受けなければならない。
正解がないまま、決めなければならない場面もある。
その重さから目を逸らさず、引き受け続ける人間がいる限り、
医療は完全には止まらない。
医療を変えるのは、誰か。
その問いに明確な答えはない。
だが、
問い続けることをやめない人間がいる限り、
そして、
判断の代償を引き受け続ける人間がいる限り、
医療は、静かに形を変え続ける。
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このブログ「外科医と経営者としての判断」では、
外科医、そして経営者としての経験から感じたこと、迷ったこと、
現場で抱いてきた違和感を、
できるだけそのままの言葉で綴っていきます。















