外科医として働き始めた頃、
「手術をするなら、入院するものだ」
という前提を、私は一度も疑ったことがなかった。
入院して、点滴をつけて、術後はベッドで安静にする。
何かあれば、医師や看護師がすぐに対応できる。
それが「安全な医療」だと、疑いなく信じていた。
鼠径ヘルニアも、当然そうするものだと思っていた。
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あるとき、日帰り手術を行っているクリニックのサイトを見つけた。
「いつも入院で行っている手術が、日帰りでできるのか」
「手術したその日に自宅に帰って、本当に大丈夫なのか」
半信半疑のまま、実際に現場を見に行った。
そこには、手術を終えて自分の足で歩き、そのまま帰宅していく患者さんの姿があった。
その瞬間、私の中にあった前提が、静かに崩れ落ちた。
そもそも、鼠径ヘルニアの手術に、なぜ入院が必要なのか。
何のために入院するのか。
長年、当たり前だと思っていたことが、
突然、問いとして浮かび上がってきた。
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入院には、確かな安心感がある。
医師の目が届き、異変があればすぐに対応できる。
患者さんにとっても、「病院にいる」という事実が不安を和らげることは少なくない。
家族にとっても、医療者に委ねている安心がある。
一方で、入院には見えにくい負担もある。
環境の変化、睡眠の質の低下、仕事や家庭への影響。
入院の準備と調整に費やす時間。
場合によっては、入院そのものがストレスになることもある。
それでも私たちは、
「鼠径ヘルニアの手術=入院」という組み合わせを、
深く問い直すことなく選び続けてきた。
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外科医の立場で考えると、その理由はよく理解できる。
「念のため、入院しておきましょう」
この言葉には、不思議な力がある。
患者さんを安心させ、家族も納得し、
医師自身も「間違っていない選択をした」と感じられる。
万が一、合併症が起きたらどうするか。
帰宅後に何か起きたとき、責任はどうなるのか。
「念のため入院させておいた方が安全だ」という判断は、
誰も責めることができない選択であり、
同時に、医師自身を守る選択でもある。
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だが、私が日帰り手術に向き合うようになったのは、
「入院していれば安全」という考えが、
必ずしも現実と一致しない場面を、何度も目にしてきたからだ。
入院していても起きる合併症がある。
入院していても防げないトラブルがある。
逆に、
術前の準備が整い、患者さんへの説明が十分で、
術後のフォロー体制があれば、
日帰りでも問題なく回復するケースは少なくない。
そうした経験が積み重なるうちに、私の中で一つの問いがはっきりと形を持ち始めた。
安全とは、場所の問題なのだろうか。
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鼠径ヘルニアは、
腹腔鏡を使った手術で、多くの場合60分前後で完結する。
術後の痛みは、かつての開腹手術と比べて格段に少ない。
全身状態が安定していれば、術後2時間程度で帰宅できる患者さんがほとんどだ。
技術と設計が整えば、日帰りは選択肢になりうる。
もちろん、すべての患者さんが日帰りに適しているわけではない。
全身状態や生活環境によっては、入院が必要なケースもある。
入院を選ぶことが、その人にとって最善であることもある。
私が考えたいのは、どちらが正しいかではない。
「なぜ入院するのか」
「この患者さんにとって、本当に必要な選択なのか」
その問いを、一つひとつ立ち止まって考えることだ。
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入院を前提にしてきた医療には、
長い年月をかけて積み上げられた合理性がある。
だからこそ、それを疑うことには抵抗がある。
それでも、
「当たり前」を問い直すことなしに、
医療は患者さんの生活に本当の意味で近づいていけないと、私は感じている。
鼠径ヘルニアの手術に入院が必要か否かは、
実は小さな問いではない。
医療が、何のために存在するのかを問い直す、出発点だと思っている。
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このブログ「外科医と経営者としての判断」では、
外科医、そして経営者としての経験から感じたこと、迷ったこと、
現場で抱いてきた違和感を、
できるだけそのままの言葉で綴ります。
外科医と経営者としての判断 〜医療は、誰が引き受けているのか〜 医療の「正しさ」は、本当に現場を支えているのだろうか。外科医として日帰り手術に取り組み、同時に理事長として医療法人の経営を担う中で、「誰が判断を引き受けているのか」という問いに行き着いた。判断から問い直す、医療の本質...
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