医療の現場に立っていると、
さまざまな立場の思いが、同時に存在していることを実感する。
患者さんの生活。
医療者の責任。
制度のルール。
それぞれは、単独で見れば、それなりに合理的だ。
だが現場では、
それらが交差する瞬間に、歪みや摩擦が生まれる。
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患者さんは、自分の生活を守りたい。
仕事を休みすぎたくない。
家族に迷惑をかけたくない。
できるだけ早く、元の生活に戻りたい。
その思いは、極めて自然で、否定されるものではない。
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一方で、
医療者は、安全と責任を引き受けている。
想定外を減らしたい。
万一に備えたい。
後悔のない判断をしたい。
これもまた、医療者として当然の姿勢だ。
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さらにそこに、制度が加わる。
診療報酬制度。
入院日数の区分。
施設基準や算定要件。
制度は、医療を安定して提供するために設計されている。
だがその設計は、
個々の患者さんの生活や、現場の細かな判断までを
完全に反映しているわけではない。
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患者さん・医療者・制度。
それぞれが間違っているわけではない。
問題が生じるのは、
それぞれの合理性が、同じ方向を向いていないときだ。
現場では、そのズレが、一つの判断に集中する。
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たとえば、
医療的には日帰りで問題ないと判断できる患者さんがいる。
患者さん本人も、生活を考えれば入院を避けたいと考えている。
それでも制度上、入院した方が病院運営としては安定する場合がある。
このとき、誰かが悪いわけではない。
だが、現場には確かなズレが生じる。
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病院勤務時代、
私はこうした場面を、
「仕方のないこと」として受け止めてきた。
制度だから。
病院の方針だから。
個人では変えられないから。
判断に迷いはあっても、
その迷いを深く掘り下げることは、あまりなかった。
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開業し、
経営者として医療を考える立場になってから、
同じ場面の見え方が変わった。
以前は、
「制度上こうだから」という言葉で、判断を区切っていた。
今はまず、
「この判断は、誰の合理性に寄っているのか」
と自分に問い直すようになった。
患者さんの生活を優先しているのか。
医療者の安全を守る判断なのか。
制度の安定性に重心が置かれているのか。
その問いを立てたうえで、
どこに軸を置くのかを、意識的に選ぶようになった。
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制度は、現場の判断を完全に代行してくれるものではない。
あくまで、判断を行うための枠に過ぎない。
だがその枠が、
いつの間にか、判断そのものを代替してしまうことがある。
「制度上そうなっているから」
という言葉が、思考を止める理由になってしまう。
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患者さんの生活を基点に医療を設計しようとすると、
必ずこの交差点に立ち戻る。
患者さんの希望を尊重したい。
医療者として安全を守りたい。
制度の枠から外れたくない。
そのすべてを同時に満たす答えは、なかなか存在しない。
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だから現場では、
どこで折り合いをつけるのかという判断が求められる。
その判断を、制度のせいにしてはいけない。
患者さんに押し付けてもいけない。
医療者が一人で抱え込むのも違う。
必要なのは、
この交差点が存在することを、まず認めることだと思っている。
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交差点が見えていないと、
不満は
「患者さんはわがままだ」
「医療者は融通が利かない」
「制度が悪い」
という形で表に出る。
だが実際には、
それぞれが自分の役割を、懸命に果たしているだけだ。
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開業後、
私は意識的に、この三者の視点を言葉にするようにしている。
患者さんには、医療的に譲れない理由を説明する。
医療者には、患者さんの生活上の制約を共有する。
制度については、この判断が枠内にあるのか、外れているのかを明確にする。
完全な解決ではない。
だが、納得度は確実に変わる。
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医療の現場は、常に交差点に立っている。
そこには信号も、明確な優先順位もない。
だからこそ、
現場で判断を引き受ける人間が、
交差点の存在を自覚しているかどうかが重要になる。
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患者さん・医療者・制度。
この三つが交わる場所で、医療は形を持つ。
どれか一つだけを正解にしてしまえば、医療は歪む。
交差点に立ち続けること。
その不安定さを、引き受け続けること。
それもまた、
医療のかたちを現場で設計する仕事だと思っている。
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このブログ「外科医と経営者としての判断」では、
外科医、そして経営者としての経験から感じたこと、迷ったこと、
現場で抱いてきた違和感を、
できるだけそのままの言葉で綴っていきます。















