開業してから、私が経験してきた変化の多くは、
とても地味なものだった。
説明の仕方を少し変える。
判断の優先順位を見直す。
フォローのタイミングをずらす。
外から見れば、
成功とも失敗とも呼びにくい。
だが、その小さな調整の積み重ねが、
確実に現場を動かしてきた。
– – – – – – – – – – – – – – – – – –
医療を変えるという話になると、
「大きな成功」や「画期的な取り組み」が語られがちだ。
新しい制度。
革新的な技術。
注目を集めるモデル。
私自身も、開業前はそうした変化を夢見ていた部分がある。
だが現場に立ち続けるうちに、
そうした物語との距離を、次第に感じるようになった。
医療は、大きな一手で変わるものではない。
現場で積み重ねられた、
小さな試行錯誤の連続によって、
少しずつ形を変えていくものだった。
– – – – – – – – – – – – – – – – – –
小さな成功とは、目標を達成した瞬間ではない。
「前より楽になった」
「無理が減った」
「説明が通じた」
そうした感覚が、静かに共有されることだ。
患者さんが納得して帰っていく。
スタッフが迷わず動ける。
判断を振り返る余地が残る。
それらは数値になりにくい。
評価もされにくい。
だが現場にとっては、
何よりの成果だと、今は思っている。
– – – – – – – – – – – – – – – – – –
一方で、小さな失敗も必ず起きる。
想定より説明に時間がかかった。
術後のフォローが足りなかった。
患者さんの生活背景の読みが甘かった。
重要なのは、その失敗をどう扱うかだ。
失敗を隠す。
なかったことにする。
個人の問題として終わらせる。
そうしてしまえば、次の一歩は生まれない。
私は失敗を、「設計のヒント」として扱うようにした。
なぜうまくいかなかったのか。
どこでズレが生じたのか。
何を前提にしていたのか。
責任を追及するのではなく、構造を見直す。
その視点に立つことで、
失敗は次の小さな改善につながる。
– – – – – – – – – – – – – – – – – –
医療の現場では、失敗に対する恐怖がとても強い。
それは、人の命を扱う仕事だから当然でもある。
だが、その恐怖が改善そのものを止めてしまうことがある。
「変えなければ、失敗しない」
この思考は、現状維持を選ばせる。
しかし、現状維持もまた一つの選択であり、
一つのリスクだ。
変えないことで守られる安全と、
変えないことで積み重なる歪みは、
同時に存在している。
– – – – – – – – – – – – – – – – – –
小さな成功と失敗が意味を持つためには、
共有される必要がある。
一人だけが感じていても、現場は変わらない。
言葉にする。
皆で振り返る。
次にどうするかを決める。
そのプロセスが、
変化を「個人の経験」から「現場の知見」へと変える。
だが現場では、この共有が難しい。
忙しさの中で、
都合のいい成功だけを拾い、
扱いにくい失敗を見送ってしまう。
小さすぎるから。
評価にならないから。
言葉にしづらいから。
そうして取りこぼされたものの中に、
改善のヒントが眠っている。
– – – – – – – – – – – – – – – – – –
開業して最も実感したのは、
大きな改革よりも、
修正し続けられる構造の方が、
はるかに強いということだった。
一度決めたら変えられない仕組みは、
現場を守るようで、実は現場を縛る。
小さく試し、うまくいかなければ戻す。
その柔軟性がある現場は、
変化に耐えられる。
そして、
その柔軟性を支えているのは、
失敗を「次の設計のヒント」として扱える文化だ。
– – – – – – – – – – – – – – – – – –
経営者として医療を考えるようになってから、
この感覚はさらに重みを増している。
成功を急ぎすぎれば、現場が疲弊する。
失敗を恐れすぎれば、何も始まらない。
その間で、小さな試行錯誤を続けられるかどうか。
それが、医療を前に進める力だと思っている。
– – – – – – – – – – – – – – – – – –
医療は、一度で完成するものではない。
小さな成功と失敗を何度も重ねながら、
少しずつ形を変えていく。
派手ではない。
評価されにくい。
誰かに気づかれないことも多い。
それでも、
現場で積み重ねられた変化だけが、
医療を確実に前に動かす。
その地味な積み重ねを、
手放さずにいることが、
外科医として、経営者として、
私が今も続けている仕事のひとつだ。
– – – – – – – – – – – – – – – – – –
このブログ「外科医と経営者としての判断」では、
外科医、そして経営者としての経験から感じたこと、迷ったこと、
現場で抱いてきた違和感を、
できるだけそのままの言葉で綴っていきます。















