外科医は、忙しい。
これは、現場にいる誰もが実感している事実だ。
手術、外来、病棟、説明、書類、教育、当直
一日が終わる頃には、
体力も思考力も、ほとんど残っていない。
それでも、
「医療は前に進んでいるか」と問われると、
即答できない感覚が残る。
これほど忙しいのに、
医療が良くなっている実感を持ちにくいのはなぜだろうか。
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まず確認しておきたいのは、
外科医の忙しさは怠慢の結果ではない、ということだ。
むしろ逆である。
一人ひとりが真面目に、責任感を持って働いている。
さらに言えば、
外科医の数そのものが年々減少している。
担い手は減り、求められる役割は増える。
忙しさは、個人の問題ではなく構造の結果になっている。
問題は、その忙しさが
医療の質の向上と必ずしも結びついていない点にある。
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忙しさの正体を分解してみると、そこにはいくつかの層がある。
本来必要な医療行為。
安全のための確認。
制度に対応する作業。
責任を回避するための手続き。
たとえば、
同じ内容の説明を何度も記録し直すことや、
「念のため」に追加される確認や記載も、その一部だ。
これらが重なり合い、一日の大半を埋め尽くす。
だが、そのすべてが
医療を前に進める方向に使われているとは限らない。
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外科医が忙しくなる大きな理由の一つは、
判断が現場に集まりすぎていることだ。
手術の適応。
入院の要否。
退院のタイミング。
合併症への対応。
最終判断は、多くの場合、外科医に委ねられる。
判断を引き受けること自体は、外科医の重要な役割である。
それは同時に、外科医の誇りであり、信頼の証でもある。
だからこそ、判断が集まる。
しかしその判断が、
仕組みやチームに十分に分散されていなければ、
忙しさは際限なく増えていく。
外科医が減っている今、
この集中構造はますます限界に近づいている。
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もう一つの問題は、忙しさが思考を奪っていることだ。
目の前の作業に追われ、立ち止まって振り返る時間がない。
なぜこの手順なのか。
どこを変えられるのか。
何が本当に必要なのか。
それらを考える余白がなければ、
医療の形は変わりようがない。
忙しさは、ときに改善の壁になる。
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制度もまた、外科医の忙しさを増幅させている。
書類作成
算定要件
説明の記録
制度として必要なものが多いのは事実だ。
だが、制度対応が医療の本質的な判断と切り離されると、
それは「作業」として積み上がっていく。
結果として、忙しさは増すが、
医療が前進している実感は得られにくくなる。
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さらに、忙しさそのものが評価されやすい構造もある。
たくさん手術をした。
遅くまで残った。
休まず働いた。
これらは、努力として分かりやすい。
一方で、
仕組みを整えた。
説明を工夫した。
判断の流れを変えた。
こうした改善は、目に見えにくく、評価されにくい。
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その結果、外科医は「忙しくあること」に最適化されていく。
忙しさを減らす工夫よりも、
忙しさに耐える力が求められる。
だがそれでは、担い手が減り続ける中で、
医療が持続するはずもない。
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開業し、経営者として医療を考えるようになってから、
私はこの構造をよりはっきり意識するようになった。
忙しさを個人の努力で乗り切る医療は、長く続かない。
忙しさそのものを設計の問題として扱わなければ、
医療は前に進まない。
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外科医が忙しい理由は、
努力が足りないからでも、覚悟が足りないからでもない。
外科医が減少する中で、
忙しさが医療を変えるエネルギーに変換されていないからだ。
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医療を前に進めるには、
忙しさの中に意味を取り戻す必要がある。
どの忙しさは守るべきか。
どの忙しさは減らせるか。
誰が引き受けるべきか。
それを現場で言葉にし、共有する。
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外科医が忙しいこと自体は、悪ではない。
だが、忙しさが思考と改善を奪うとき、
医療は静かに立ち止まる。
そして、
立ち止まっていることに最初に気づけるのは、
やはり現場にいる外科医自身なのかもしれない。
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このブログ「外科医と経営者としての判断」では、
外科医、そして経営者としての経験から感じたこと、迷ったこと、
現場で抱いてきた違和感を、
できるだけそのままの言葉で綴っていきます。















